武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『のはらうたⅠ』 工藤直子著 (発行童話屋1984/5)

 装丁、レイアウト、本文レイアウト、内容の構想、内容そのものなどなど、1冊の詩集を構成するすべての条件において、これほどバランスよく作られた本を他に知らない。小型の本なので児童書のコーナーに並んでいると全く目立たないが、おそらく子ども達には到底味わい尽くせないほどの洒落た工夫が盛り込まれた好詩集。これを読んでニンマリ、シンミリ出来ない人は、心が干乾びてしまった人だろう。
 ①この本の背表紙を見ると、作者は<くどうなおこと/のはらみんな>となっている。これが、この詩集のコンセプト。作者である工藤直子さんが、今はほとんどなくなった<野原>に住んでいる<動物や昆虫や自然現象>になりきって、<野原>で発生する多様な自然のドラマを<うた>にしたもの。このアイディアが素晴らしい。
 ②野原という世界(小宇宙)で発生する小さなドラマを、そこで暮らしているであろう小動物の1人称の視点に立って詩(うた)を表出するというしかけ。仮構する小動物のネーミングからすでに(うた)が始まっており、表題とあわせ一体となって、わずか数行から数十行のひらがなだけの短詩が出来上がっている。
 ③ジュール・ルナールの博物誌を連想しないではないが、方法的にさらに徹底しており、この国の風土と言うか風景と言うか、この国の庶民的な感性を巧みに掬いとって見事な詩集になっている。「まどみちお」などが地道に続けてきた児童詩の流れからの開花ととっていいのだろうか。戦後現代詩の水脈とは違うところから生まれてきた作品群のような気がする。
 ④全編ひらがなで書かれているので、仮構された作者名を含め、声に出して読むと、黙読するよりも遥かに楽しい。子どものいる家庭で声に出して読み合うと、皆で盛り上がれて楽しいかもしれない。音読されることを意図した詩集。
 ⑤オノマトペによる表現の幅を最大限に活用している。日本語が漢字を軸にした表意性の強い言葉のせいか、オノマトペが他の言語より発達しているというが、意識的にオノマトペをこれほど生かした詩集も珍しい。オノマトペを駆使したかな書き詩集の傑作。
 ⑥情景を浮かび上がらせるためだろうが、意識的に色彩感のある語句の対比を多用している、ひらがな書きなのに絵画的視覚的なものが立ち上がってくる。野原の世界に広がりと奥行きなどの立体感を作り出している。
 ⑦全編にそれとなく流れる、寂しさや悲しみなどの悲哀の感情はどうしたことだろう。微笑んだり少し声を出してクスと笑ったりしたくなるフレーズもあるにはあるが多くの詩句の背後に、透明な悲しみの陰影がひっそりと隠れている。この情感がいい。
 最後に、本書の目次を引用しておこう。題名と作者名から詩の中身が想像できますか。意外性に富んだ本文は、是非詩集を手にとってご賞味ください。

「し」をかくひ    かぜみつる
はるがきた      うさぎふたご
ひるねのひ      すみれほのか
ゆきどけ       こぶなようこ
おがわのマーチ    ぐるーぷ・めだか
はなのみち      あげはゆりこ
おと         いけしずこ
でたりひっこんだり  かたつむりでんきち
いのち        けやきだいさく
あいさつ       へびいちのすけ
とべ てんとうむし  てんとうむしまる
ひだまり       とかげりょういち
たんじょうび     かえるたくお
いちにち       こうしたろう
こころ        こいぬけんきち
むぎむぎおんど    むぎれんざぶろう
みず         こぶたはなこ
こんなときこそ    もぐらたけし
おれはかまきり    かまきりりゆうじ
なつがくる      かぶとてつお
かわあそび      あらいぐまげん
さんぽ        ありんこたくじ
うみよ(よびかけのうた)わたぐもまさる
わたぐもよ(おへんじのうた)うみひろみ
よるのもり      ふくろうげんぞう
ふところ       たけやぶまもる
すきなもの      みみずみつお
ゆめみるいなご    いなごわたる
しょくじのじかん   あひるひよこ
こころとあし     むかでやすじ
ひるねのゆめ     こねこまりこ
うみへ        おがわはやと
なないろドレミ    にじひめこ
ひかるもの      からすえいぞう
くらし        きりかぶさくぞう
かぜにゆられて    みのむしせつこ
どんぐり       こねずみしゅん
きのうえで      こざるいさむ
じゃんけんぽん    さわがによしお
あきのひ       のぎくみちこ
うちをつくろう    くもやすけ
めがさめた      やまばとひとみ
さびしいよる     こおろぎしんさく
よるのそら      つきとしこ
いいてんき      おおすぎごんえもん
よるのにおい     こぎつねしゅうじ
おいで        ふくろうげんぞう
ふゆのひ       おちばせいいち
やまのこもりうた   こぐまきょうこ
みんながうたう
  てんてんのうた  おたまじやくしわたる
           たんぽぽはるか
           はたるまどか
           つばめひとし
           あめひでき
           ありんこたくじ
           とんぼすぐる
           かきゆうぞう
はるなつあきふゆ   こりすすみえ
ひがしずむ      ゆうひおさむ

 「子どものこころ詩のこころ」と言うサイトに工藤直子さんの講演の記録がありました。「のはらうた」をどうやって書くのかという質問に、「なりきって書く」とおっしゃっています。興味のある方は、以下のサイトへどうぞ。
http://www.manabi.pref.aichi.jp/general/10000284/0/index.html