武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『鳥が教えてくれた空』 三宮麻由子著 (発行NHKライブラリー2002/2)

 まず本書の「感性の夜明け」というエッセイから著者の言葉を引用させていただく。

私は眼圧を下げる手術により、四歳で全盲になった。文字どおり一日にして光を失ったのだ。一年近い入院の間、数回の手術が施されたが視力は回復しなかった。

 このような境遇に置かれた著者が、視覚以外のすべての感覚を総動員して、如何にして世界の広がりと奥行きを確かめていったか、溢れるばかりの生きる喜びを手繰り寄せていったか、を透明感のある達意の文章で綴った好エッセイ集。内容は、<神様の箸休め>と題する前編と、<ポワン・ポワン>と題する後篇の2部構成。
 <神様の箸休め>では、趣味の鳴き声によるバード・ウォッチングを通して、三宮さんの感受性が再構築され、音によって世界の広がりと奥行きを再認識してゆく過程が、瑞々しく語られる。身近かに聞こえるスズメの鳴き声から始まって、サンコウチョウなど、さまざまな野鳥に接するうちに、自然の奥行きとその背後に存在する生態系へと関心を呼び覚まされていく過程は、まさに著者の内心における<自分の世界の天地創造>のドラマ、文字通りの<覚醒>と呼ぶにふさわしい、<感性の夜明けのドラマ>だ。
 俳句を習い覚える過程で、歳時記を通して季節と世界を再発見するくだりなど、なるほどと納得、全盲ゆえの<触ることの困難>にかかわる思い出などなど、読んでびっくりのエピソードの連続。全ての主題が、必ずいくつものエピソードとともに語られ、生きることの具体性が独特の説得力になっていて見事。
 後編<ポワン・ポワン>では、生育の過程で全盲ゆえに点<ポワン>の認識でしかなかったものが、あるエピソードをきっかけにして面的な広がりを持つ認識に発展、やがて奥行と広がりのある立体的な世界観として著者の中で再構築されてゆく経過を、いくつもの別の角度から描き出しより豊かな世界を見せてくれる。前篇よりもより方法的に方向性がはっきりしたエッセイが多いが、鮮明なエピソードを積み重ねる手法は健在、過酷でつらい場面のはずなのに、よく制御された文章をつみ重ね、努めて明るい記述が続くのが何よりの救い。私には、著者を育てた環境とご両親の献身ぶりが、背後に真綿のように感じられて堪らない気がした。表に出ないが、周囲への感謝の念が行間ににじむ文章が美しい。
 生きることに迷いのある方ならどなたにでもお勧めしたい。
 最後に、本書の目次を引用しておこう。

はじめに
神様の箸休め(スズメの出勤/天女の化身サンコウチョウ/鳥の目、鳥の気持ち/感性の夜明け/サンコウチョウ、ふたたび/音遊び/鳥を詠む/伝えるということ/自然からの便り/庭、不思議な出会いと別れ/野鳥と「さし」で)
ポワン・ポワン(水の景色/墨とすみと炭/嫌いな手触り/花の愛で方/開かれた味覚/文宇との格闘/後ろの不思議)
あとがき/NHKライブラリー版によせて
解説−阿川佐和子